「恋慕猿」(横溝正史)

戦前の横溝作品の面白さをじっくり味わいましょう

「恋慕猿」(横溝正史)
(「血蝙蝠」)角川文庫

カフェの女給・瞳は、
いつも猿を連れて店に来る
常連・川口に想いを寄せる。
しかし川口が
そこで落ち合う女性・珠子が、
瞳には不快に思えてならない。
猿の直実も珠子を嫌っている。
ある夜、直実が血まみれで
部屋に飛び込んでくる…。

猿を連れて来店するのは
いくら昭和10年代でも問題でしょう、
などと野暮なことを
言っていてはいけません。
そういうこともあったのだと、
無理にでも得心して読まなければ
始まらないのです。
何せ、事件を解決する
手掛かりを発見するのが
この猿の直実なのですから。

本作品の味わいどころ①
青年・川口の謎めいた人物像

猿を連れてカフェに来店し、
店の片隅で
その猿と差し向かいで酒を飲む。
何ともいえない寂しさが漂っています
(想像すると噴飯ものですが)。
彼は珠子のような派手好きの女性と
どんな関係があったのか?
猿・直実を
どのような縁で引き取ったのか?
そうした川口の引きずっている「影」が、
本作品の一つの
読みどころとなっています。

本作品の味わいどころ②
猿・直実の一途な猿物像

直実はかつて
猿芝居の太夫だったのです。
熊谷直実が十八番であり、
敦盛を演じていた牝猿と
つれ合っていたのですが、
その牝猿が亡くなっても、
敦盛の絵姿に恋慕し続けているのです。
この習性が、
続いて起こる殺人事件の真相解明の
きっかけとなっていくのです。
直実の人物像、いや猿物像が、
本作品のさらなる
読みどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
女給・瞳の恋物語

影のある青年と不思議な猿の登場する
殺人事件のミステリでは、
そうとうダークネスな物語という
印象を抱いてしまいがちですが、
決してそうはなっていません。
本作品に絶妙の彩りを与えているのが
女給・瞳なのです。
瞳が殺人事件の謎を解き、
川口の窮地を救う
名探偵の役を果たすのです。
すべては瞳の川口に対する
恋心からの行動です。

その後の二人の様子は
残念ながら描かれていません。
瞳と川口、そこに猿の直実が入り込み、
どんな愛が育まれるのか。
ユニークすぎて
笑いがこぼれてしまいます。

横溝の戦前の作品は、
本格的探偵小説というよりは、
エンターテインメントの要素を
追求していた感があり、
本作品もしかりです。
細かいことは気にせず、
しっかりと楽しめばいいのです。
戦前の横溝作品の面白さを
じっくり味わいましょう。

(2018.9.22)

pen_ashによるPixabayからの画像

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